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山田家本屋(やまだけほんや)

印刷用ページを表示する更新日:2017年5月10日更新 <外部リンク>

山田家本屋全景
山田家本屋

県指定文化財(建造物)

指定年月日:昭和41年6月10日

所在地:周南市湯野(ゆの)4202番地2
地図<外部リンク>

時代:江戸時代

山田氏は江戸時代に萩藩の重臣・堅田(かただ)氏の家臣を勤めました。
その在郷住居である山田家本屋は江戸時代中期の建築といわれ、かつては戸田(へた)の山陽道沿い、湯野温泉入口の西に位置していました。茅葺平屋建で約82坪、15部屋余りの広さがありましたが、昭和39年6月に徳山市に寄贈され毛利町に移築、6割が復元されました。
その後、周南地域の市・町が要望した県総合庁舎の建て替えに伴い、堅田家の所領としての地縁等の諸条件を検討して、湯野へ移築復元することになりました。平成12年に解体した後、平成15年9月に移築復元され、10月4日から一般公開されています。
建物は中門造(ちゅうもんづくり)といわれる様式で、脇床吊棚の襖絵は江戸後期の徳山藩お抱え絵師朝倉南陵(あさくらなんりょう)が描いたもので、下部は隠し引出しになっています。他にも回転式雨戸、台所の筵天井(むしろてんじょう)など各所に工夫をこらした造りが見られます。
幕末には萩藩主・毛利敬親(たかちか)をはじめ、村田清風(むらたせいふう)、中山三屋(なかやまみや)などの勤皇の志士が立ち寄ったといわれ、歴史を今に伝えています。